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代表メッセージ

代表取締役 小式沢 紘

前身の会社時代から所属し2009年のRESTART時よりシュタープの社長を務める小式沢が 会社の沿革、変わらない想い、これからのシュタープが社会に提供することのできる価値について語る。

小式沢社長がこの業界にはいったきっかけを教えてください。

小:学校卒業後、飲食業の仕事をしていました。
20歳くらいからアルバイト時代も合わせ約5年くらいやっていましたが、25歳の時に関東から新潟に帰って仕事をしようとおもったのがきっかけです。
聞:前身の会社 ※(注記1)のことを社内でも社外でも知らない人たちが多くなっているかと思うのですが、どういった経緯で今のシュタープという会社が設立されたかを教えていただけますか?
小:新潟市本町で鶏卵の商店を吉備津金次郎氏が創業し1976年株式会社エッグという鶏卵の卸売業の会社が設立されました。
1990年株式会社シュタープが設立。これは鶏卵の卸売の際にトラックで配送することから運送事業の許認可をとり別法人での稼働を選んだという事ですね。

その2法人で卸売販売事業と、おもにチルド温度帯の運送事業をおこなっていました。
長年の経営の中でいい時もあったと思われますが、様々な要因により債務が大きくなり経営を圧迫する状況が長く続いていました。
その当時の二つの会社の債務者が国の機関である整理回収機構という会社でしたが、その会社と債務の返済の協議の中で会社を清算、ようは潰して現金化し債務を弁済するか、もしくは他の方法がないかを長年協議していました。
潰さないで継続させる方法を協議していた中で整理回収機構様に債務を一部免除してもらい シュタープ株式会社という新しい法人を作り再生支援協議会という県の機関の協力を仰ぎながら新しいシュタープでの事業再生計画を作り支援してくれる金融機関を探して交渉し資金を調達してもらうことができRESTARTをきることになりました。
聞:どの時期に入社されたのでしょうか?また社長になったのは自身で望まれてでしょうか?
小:とんでもない! やりたくなくてその再生計画の交渉期間中 新シュタープの社長就任を打診されましたが2年逃げましたから。
入社した時期は2004年の3月頃だったと思います。最初は運転手やるつもりだったのですが、鶏卵の販売の営業をおこないました。
その時期から債務弁済についての協議は行われていたと思うので5年くらい協議をしていたという事ですね。

私自身は2007年くらいから再生計画や金融支援の協議に参加させてもらっていましたが、あくまでその協議が進むために善処して
いましたが自分は新しい会社の社長などにはなりたくなかったですからね。誰か取引先や利害関係者、社内からのプロパーの管理者の登用が筋だと
おもっていましたので。債務整理の協議が終わった時点で 新しい道に進もうと思っていましたが、様々な事情の末 
引き受けることになりました。

2009年のRESTARTから今に至るまでの沿革について(タマゴと物流)

小:創業の仕事というところで卵の仕事というのが当時200トン位の販売量でしかなかったのが400トン位の販売量まで伸びたんですよね。
売り上げ金額も必然的に伸びましたし、そういう意味で行くと順調というように見えたのかもしれないんですけれども内実はですね旧態依然とした感じでしたね。
新潟県内の契約農場と取引して販売を増やしていくってことやっておりましたけれども結局 鶏卵の卸の会社でしかなくて、生産者直売の時代になっている中でどうやっていけば存在意義を認めてもらえるのか、継続して仕事をしていく事ができるのかを模索しながら動いていた感じですね。
聞:販売量や売上は伸びているが順調ではないという認識だったという感じですがどういう事でしょうか?
小:当時の私の認識では、つまるに問屋なんていらないって話ですよね極論言えば。
私がこの会社最初入って仕事の内容覚えた時になんでうちの仕入先は販売先と直接やらないんだって そう思ってましたもん(笑)
ただ世の中には必要とされて存在意義と価値を見出されている問屋さんも多くいらっしゃいます。
何が特色でシュタープがやる問屋業、卸売業の理由、強みがなきゃ要らない中間業者と思われてしまうので。そこは物流との組み合わせは積極的にしてましたよね うちならば店舗別の仕分ができます。様々な産地の扱いができます。この原料をこういう加工品をつくってご提供できます。 など、うちだからできることっていうことをいつも考えていました。
小:それともう一ついえたことは 生産者直売の時代という事と大手生産者と中小生産者との格差もひろがっていたことも懸念してました。
当時新潟県の中小規模の養鶏場と契約して仕事してもらえましたけれども、私は当時シュタープがその物流網を駆使することによって中小企業、規模生産者が共同体で立ち向かうタッグをくんでいけば大規模生産者とも対抗して仕事できると考えていたのですが、なかなか大変でしたね。
必要なものを集めて提供するだけならお客様の言われていることだけやってればいいわけです。それでも品質とか、今では当たり前になってきていますけどISOとかFSSCとかHACCPとかやるうえでは商品の元がいいものでは無ければならないわけですよね。
そういう取り組みに対して大規模生産者と中小規模生産者では投資も考え方も大きく離れているっているという感じでしたね。そういう取り組みに対してお客様からの要望も高まってきていたのですが当時の仕入契約先と取り組んだのですがギブアンドテイクと言う部分であればうちがギブばかりで返しが何もなかったような気がします。
そういう意味では時間的猶予を与えながら逆に大手生産者さんとの取引にシフトしていきました。
聞:その上でで事業転換をはかったのは?
小:生産者直売の時代だっていうところですよねつまりのところ。ただまだやりようはいっぱいあるし上手に存在意義を見出されている鶏卵問屋さんとかも多いですから、ようはやり方だと思っています。
当社はその鶏卵の卸売りの仕事を継続しながら発展させていく方法論が見いだせなかった。簡潔に言ってしまえば鶏卵の仕事は業務内容に対して利益が薄いといえました。うちの配車も既存の仕事のために他の運送のいい仕事を断らざる得ない事なんかも多かったですから。シュタープという会社では人材や車両や施設という限りある資産を有効活用して考える時に鶏卵の販売や卸売りを販売継続してやっていくことがベターなのかを長く自問自答してきましたが効率的に売上や機会のある仕事へのチェンジをしていくというところに結論いき着いたといったところです。
ですが他の産業と同等の運賃請求に対して理解を示してくれる生産者様や会社様とは効率化や様々な取組を協議しながらお仕事を続けさせていただいております。なのでタマゴという仕事にシュタープが
またまだまだやれることがあるということを物流の側面でお手伝いや存在意義を見出す仕事として進めていきたいと思っています。

ハマキョウレックスグループ傘下に入ったことも転機ですし、様々なお客様からのご要望にお応えしていく点で物流の中で輸送、仕分、出荷、保管という総合サービスの提供という部分の構築を少しづつですが進めてきています。

なぜハマキョウレックスグループに入ったのか 会社の事業内容と強みや提供できるサービス

小:様々なことを現場中心に乗り越えてきたとは思いますが、会社は安定的に運営されてこその会社だと思っています。
もともとの出自が再生会社という立位置でしたから、博打のような投資はできない、過度な投資もできない。その中でコツコツとできる範囲の仕事をしていましたしそれでいいとも思っていました。
しかし世のスピードの変化に対応していく中でお客様からの要望は高まり、それに対応していくにはコストのかかることも多くなっていました。
何件かあったのですが、新しい業務提案の機会やお客様からの要望を受けた時に、それを実行するためには大きな資金が必要であったりするためにやりたい気持ちはありながらも断念したことが何回もありました。
では安定的に運営しながら、そのような業務提案をしていくには当時の仕事をベースにしながら何年かけたらできるかと計算した時に15年後という結論にいきつきました。そうすると私は50才。まだまだ体も動くとは思いましたが、あと15年かけないと他の会社の提供できるサービスに追いつけないと。これは遠すぎると思いました。

また当時 当社のドライバーさんが同業の会社に転職した話があったのですが、転職先の給与がうちより良かったからと。確かにそうですがではその水準に当社も全員していくには年間いくらのお金が必要なのか?ほとんどの利益を当てないとそうはならないと。ならば新しい取り組みや既存の仕事にとらわれないサービスで新たな収益源を確保していかなければ その目標には達していかない。
そういう点で 専業大手の企業との協調の必要性を感じたからです。

ハマキョウレックスという3PL専業大手である会社との協調は今思えば、まあ私の勝手な思いですが 必然であったと思っています。
様々な分野や産業の物流という面での業務遂行のノウハウ、また出自の部分でも大須賀会長の歴史や考え方に惹かれたところもありグループ傘下入りをしました。
聞:当時の反響等はどうだったでしょうか?
小:今ほどM&Aという言葉も盛んではなかったというところもあるかもしれませんが、この新潟という土地では批判的な言い方をされることも多かったですね。
でも目的を達成するためにおこなっていることですから、わかってもらえるように努力していくというスタンスでした。
好意的にとらえてくれる方ももちろんいらっしゃいましたので、自社の提供できることにさらなるレベルアップを図る気持ちでした。

とはいえいきなりグループ入りしたからといっていきなり大きな仕事ができるわけではありませんので、一からコツコツ行っていくのは変わりありません。当時それまでと同様、コツコツと業務を行いながら様々なグループ会社や本体の見学、勉強、実際の協調業務などを行わせていただきながら今があります。入ってよかったですね、自分の知らない仕事や業務など上には上がいるという事を常に思い知らされますから頑張る動機になります。ひいてはそれがシュタープのお客様にとってのメリットにもつながっていきますから。

現在では車両保有台数も増え、また2020年見附に中越地区の拠点、2021年には近物レックス社との協調取組でドライセンターの立ち上げ、2022年黒崎に本社機能、チルドセンター移転とベースができてきています。これらにより 倉庫、出荷、輸送さまざまな物流に関わるサービス提供の向上をはかっております。

これまでに経緯でつらかった経験

小:何個もありますが、ひとつだけあげるならば当社の一番の売上先だった会社が信用不安で破綻した時があります。いきなりではなかったので与信、回収等はぎりぎりのタイミングを乗り越えながら進んでいきましたが実際破綻直後は車両、ドライバーさん、作業員のひとたちがすることがなくなり、今日何すればいいですかねと。10人くらいの人たちで何台かの車を1台づつ洗車しました。それを3日くらいしたんですかね。
うちの会社の前の通りはそれなりに交通量あるもので、あそこ暇で毎日洗車しているなあと思われたら見栄えが悪いと(笑)実際 ネットの掲示板やら書き込む人もいましたしね、同業の心もとない声なんかも聞こえてましたね。ああシュタープ チーン。とか。

それでも現場中心で乗り越えられたのも あの光景の原体験が当時いた人たちや私の強みに変わっていると思っています。

会社が求める人材について

小:現在 当社では西区で本社機能をクラウドをいかしたデータ情報の集約化をめざしチルドセンターのベース、南区のドライセンターでの倉庫、出荷業務の拡充、中越の長岡DSを中間拠点として県外幹線輸送への一層の効率化、県央デポ、東港センター、旧本社である木崎センターの活用をふまえあらたな取り組みに挑んでいます。
これからの世の中で会社とはジョブ型と呼ばれる職務定義に基づいた仕事を遂行できる人の集合体になると思っています。
自分の定まった仕事に責任を持ち確実に遂行できることが重要です。
最初はできることは少なくてもいいです。それでも昨日より今日、今日より明日一歩一段でもいいから階段を上る前向きな気持ちをもった人求めています。
今できることを今できるだけおこなう こういう気概のある人は社会に重宝されると思います。
今望まれることをできなくても自分のできる今をしっかりやりきる。そうすれば見てくれている人はいると思います。

私個人 好きな言葉で論語の 徳不孤 必有隣 という言葉があります。自分自身徳を積んでいるとは思っていませんが
これからも今できることを最大限に行う努力はしていきたいと思います。
あとは 広く浅く。 これは僕自身 弱みであると同時に強みであると自負しています。
深くは専門家に分があるのだから浅くてもいいから広く物事を知る興味は持っていたいと思いますし、こういう考え方は共有したいですね。
広く浅くちょっとだけかじる。こういう好奇心持った人と仕事したいです。

採用応募の方にメッセージ

小:これからの次代を担う 管理職、倉庫管理、ドライバーさん、バックオフィス 興味持ってくれたらうれしいです。
仕事は大変ですが、乗り越えた時のリターンは大きくある会社だと思っています。
会社はその時代の変化にあわせ様々な取り組みと事業内容も変化していきます。当社も鶏卵販売から物流という面での
変換を進めてきて、これからはトラック輸送から総合的な物流サービス提供の会社へと変換していく時期です。
当社のおこなっている仕事は新たに取り組んでいる内容も含め、実は専業大手では10年も20年も前から行われていることを
今取り組んでいるみたいなものです。今ここで旧態依然としながらやっていればサービスの改善になるわけなく、発想の転換
により新たな事業創造を図っていく必要があります。当社における必要な正社員としての人材は ドライバーならハンドル
握って配送するだけでなく仕分けや他の業務もおこなう。事務作業の方なら机にじっと座っておこなうのでなく、
センターに関わる構内作業に精通してそのうえで事務作業を皆と協調しておこなう。
仕事の仕方の多様性とはいろんなことに興味をもって仕事に取り組める人が 多様性という言葉の意味になるのではないでしょうか。

この会社の顔は社長じゃなくて 現場の皆であり管理者であるとおもっています。なのでホームページにも顔出しません。
いずれは社長に、という気概持った方いつでもお待ちしています。お譲りできる人材でしたらいつでもお譲りいたします!
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